| むかしむかし あるところに かわいそうなおとこがいました おとこはたったひとりのゆうじんと ゆたかでいいとちにしていこう とちかい おおきなおおきなくにをつくりました しかしゆうじんはおとこのやりかたがきにいらず おとこをうらぎりすがたをけしてしまいました おとこはゆうじんとのちかいをわすれず そのからだをきかいにささげ いまもゆうじんをまっているのです |
大きな鉄格子がさび付いた音を立て、軋んだ轍が啼く。 慌てて駆け込んできた軍服の男が、母船の門番に止められた。 「久しぶりだなハリー。帰ってたのか。寮は向こうだろ、ていうか血だらけじゃねえか」 「ばっかやろう!どけ!今すぐジャック様に会わせろ!」 「まてよ、今は多分会議中だ。俺が伝えといてやるから…」 「そんな場合じゃねえんだ!賢王がッ…!ソリダス様が…!」 友人の慌てぶりにようやくただ事じゃないことを悟ったのだろう。 門番はようやく扉を開けてやる。 不必要なほどに長い廊下を駆けて、男は会議室の扉を力いっぱいに叩いた。 「ジャック様!ジャック様!大変です!!」 あらん限りの声で叫ぶ。 ゴトン、と鍵が開かれ顔を出したのは、ジャックの御付であるヴァンプだった。 「何をしている、会議中は立ち入り禁止だ」 「ヴァンプ様!申し訳ありません、ですが…!ソリダス様が!!!」 「父上が、なんだと?」 続いて現れたジャックの姿を見て、慌てて男が跪いた。 こうべを垂れ、弾んだ息を整える。 まるで女性が履くようなブーツのつま先を見ながら、男は酸素が足りなくてクラクラとする頭を振った。 「言え、父上が、どうした」 「はっ…!その、ソリダス様が…」 まざまざと思い出すあの瞬間。 背筋がさぁっと寒くなる。 「ソリダス様が…殺されました!」 荘厳な廊下は大理石で出来ていた。 そこを通れば、カツカツと綺麗な足音が鳴る。 昔は、靴底の厚いもので歩き回るのが好きだった。 大人になった気がして嬉しかったのだ。 いつもなら天井に届くほどの長い窓から射す陽光を照り返して、キラキラと輝いていたのに。 今日は不思議と沈んで見えた。 何もかもが色褪せている。 世界も、人も、空も。 それだけソリダスの影響が強かったことに、今更ながらジャックは驚いた。 喪に服すアーセナルは、朝から奇妙な程に静まりかえっている。 ソリダスの死体は還って来なかった。 ソリダスの護衛として付いていたオセロットによると、シャドーモセスのテロリスト逹に奪われ、見せしめとしてそれを焼かれたのだとか。 不思議と涙は出なかった。何より残された国民が気にかかった。 殺しても死なないと思っていたのに、ただ憤然と怒りが沸いた。 その日中に、ソリダスの葬式とジャックの戴冠式の日取りが決まった。 先ほどから沈んだ廊下に響くのは、衣装や食事の手配などに追われたメイドの足音だ。 ジャックは一人のメイドに自室で衣装を着せられていた。 代々戴冠式の日に着るとされる衣装は、遠くからでもその姿がわかるようにと非常に華やかなものだった。 これから自分が王になったとて、まず何からすればいい? どうしたら、この国は保てる? 何も思いつかないことに、ジャックは愕然とした。 そして、相談が出来る唯一の肉親を失ったことに、今更気付く。 豪華絢爛な衣服に包まれながら、怒りばかりが先行していた自分を恥じた。急に不安になる。 「随分と悲しそうな顔だわ」 突然聞こえた声は、メイドのものだった。 明瞭で快活そうな、ジャックは驚いて裾を直していた彼女を見やる。 癖の強い茶髪。意思のある瞳。 メイドと言うより軍人のようだな、とジャックは思った。 他の弱々しい雰囲気を持つメイドとは、全く違っている。 女とは、気の弱い小動物のようで、群れると厄介で、キイキイ甲高い声で泣きわめく、粘着質で煩わしいものだと思っていた。 だが目の前の女性は、そのどれにも当てはまりそうも無かった。 「当たり前よね、お父上が亡くなったんだもの」 八重歯で糸を噛み切り、裾を直す。 首にかける十字の刺繍が入った布を取りながらそう言ったメイドは、この国で一番強い人間に見えた。 ジャックは言葉を返そうとしてやめた。メイドがこちらを振り返る。 「注意」 「え?」 「しないのね。言葉遣いが悪いのに」 「…分かってるなら改めろ」 身分ではこちらが上なのに、何故か見下されているような気がしてジャックは上着を脱ぎ捨てた。 今日はもう部屋に閉じこもって寝てしまおうか、と思う。 何もかもが面倒になって、ジャックはメイドを追い出そうと彼女と向き合った。 「なに、今日はもう止めにしたいの?ぼっちゃん」 ピクリとこめかみに青筋が立つのが、自分でも分かった。 何なんだ、この失礼な女は! 「お前…言葉に気をつけろよ…?働かせてやってるのはこっちだぞ」 「私の座右の銘は人間皆平等なの。悪いけれど、メイドのはした金で一喜一憂するほど困ってもないわ」 イライラが募ってゆく。これから自分は王になるというのに、メイドにすら敬われないのは致命的だ。 とにかく冷静になろう、とジャックは深呼吸した。 それを横目で見ながら、メイドはふうん、と含ませた笑いをする。 反応するな、と自分に言い聞かせて、ジャックは改めてメイドを睨んだ。 「お前、名前は」 「メリルよ。よかった、一応は冷静になれるのね」 「メリル、相手が相手なら即追放か処罰だぞ」 「相手が貴方だったからこうしたの。普通に会話したいわ」 破天荒なメイドは、そう言って笑ってジャックが投げ捨てた上着を拾った。 軽く埃を払い、綺麗にたたんでゆく。 それを見ながら、ジャックはふとソリダスの事を思った。 そういえば彼は王でありながらも、よくメイドや兵士達の茶会などにこっそり参加していた。 確かに厳格な人ではあったが、働いている者達との会話を大切にし、普段は聞けない愚痴や改善すべきところなどを聞いて皆がよく暮らしていけるように努めていた。 下僕の話を聞いて何が楽しいのだろうと馬鹿にしていたが、そういうことも必要になるのだろう。 ジャックはようやく王の努力を知る。 「明日の準備があるから行くわ」 「……メリル、頼みがある」 「なんでしょうか、陛下」 部屋を出ようと扉の前に立った彼女は、先ほどまでは平然と失礼な態度をとっていたにも関わらず、今は淑やかに膝を折ってみせる。 敬語くらい使えるし、ジャックを立てることも出来るのだと思わせたいのだろうか? ジャックはメリルの強かさと気概に負けた。 「…二人のときはジャックと。それから……」 「…………」 「…………」 「……なにかしら?ジャック」 呆れるでもなく、先を急かすわけでもなく、メリルはただ優しく微笑んだ。 なるべく柔らかい口調で呼ばれた名前は、ひどく彼に馴染む。 「………また、お茶でも飲みながら、話を聞かせてくれ…」 もごもごとつぶやかれた言葉は小さかったが、それでもメリルの耳に届いた。 恥ずかしそうに俯き顔を見られぬようにしたジャックを見て、メリルは久しぶりに腹を抱えて笑った。 /*/ ジョニーは夜勤明けの気だるい身体を引きずりながら、警備室に入った。 早く熱いシャワーを浴びたい。 すっきりして寝床に滑り込んで、暖かい毛布の任せるままに眠りに落ちたかった。 だがそうするよりもまず、メリルの顔を見たかった。そうすれば自然と元気になるのだ。 立場がわからなくなって望洋とした脳に渇をくれる彼女の声は、ジョニーにとっての清涼剤である。 だから、寒空の下で夜通し立ち続けた彼は、それでも警備室に戻って身支度を整える気力があった。 「お帰り、ジョニー」 暖かいハイネックに身を通した瞬間、真後ろから声がした。 それは彼が最も待ち望んだ彼女の声。 振り返れば、そこにはまだメイド服姿のメリルがいた。 頭から爪先まで白と黒、普段はお目にかかれないほど可愛らしい服を着ているメリルは、ジョニーの視線に肩を揺らした。 「いい加減見慣れてよ。私だって好きで着てるんじゃないのよ」 「いやぁ、だってさ。すごく似合うから」 そう言ってやれば、面食らったように目を丸くするメリルが可愛くて。 「二の腕の太さなんか、袖に隠れてて全然わからないよ」 ついついいらぬ事まで言ってしまうのがジョニーの悪い癖で、そこが憎めないのはある種、得ではあった。 だがメリルは遠慮も容赦もせず、ジョニーの耳を捩り上げ、 「ジョニー、じゃれあってる場合じゃないのよ」 言い聞かせるように耳に吹き込むと、ジョニーは顔を真っ赤にさせて壁まで後退った。 まるで初々しい乙女か野生の猿の反応ね、と笑えば、バカにされたことが気にさわったらしい。 それで、と半ば無理矢理に話を戻された。 アーセナルの時期王は、お飾りで奉り上げられる。 それはわかってる。問題なのは、彼が無知だと言うことだ。 高慢に振る舞い、贅沢な暮らしが当たり前だと思っている。 確かに彼が外の世界を見たことがないのは知っているし、それが間違いだと教える人間が回りにいないことも原因であるだろう。 だからこそ彼自身、外に出ることを、自由を、あんなにも切望しているのだ。 しかし、無知は時に純粋な悪を生む。 それがわからぬメリル逹ではないが、それでも彼らはジャックを憎めなかった。 彼は高慢だった。だがそれ以上に。 「素直なのよ。間違いは正そうと努力するし、他人の意見にもちゃんと耳を傾けられる」 「それだけに下手な知識を与えれば、邪魔になる。賢者逹は、彼が第二の賢王に成ることを恐れてるのかな」 「そうね。どっちにしろ、賢者逹はいずれジャックを殺す…ソリダスと同じ様に」 沈黙が降りる。 ジョニーは二、三瞬きをすると、眠そうに眼を擦った。 それを半分呆れたように見ながら、メリルは席を立った。 「これ以上悩んでいてもしょうがないわ。私、これからジャックを起しに行かなきゃ」 「俺も寝るよ。戴冠式の日は館内警備だから少し楽なんだ」 よかったわね、と肩を叩きメリルは出ていった。残ったジョニーも、支度を再開する。 ふと、自国の王を思い出した。 何をするのも突飛で、力強い騎王。彼に導かれて、あの国は生き返った。 あの自由奔放で奇抜な、しかし頼れる王は、他に居ない。 ジャックが彼を見たら、なんと言うだろうか。 少しだけ懐かしそうに南を見たジョニーは、静かに自分用のロッカーを閉めて部屋を出た。 |