キングダム
#05 [ 番外編 ]




貧民街。俗にスラムと呼ばれる街の一角。

普通は貧しい者たちの住むところと言う意味で使われることが多いが、この国では少し違って大抵が戦争孤児の集まりや、他国から亡命してきた者たちが寄り集まって自然とこの形が形成された。

国自体が豊かだから、あまり社会的な落差は無い。

こういう暮らしが好きだから、と言われてしまえば、それまでということだ。

そんなスラムの外れに、電化製品の修理を扱う小さな店がある。

看板には、エメリッヒ工房、と読めた。

その店の中。入り口を入ってすぐのソファに、大の男が二人して額をつき合わせて何か言い合っている。

片方は茶髪。もう片方は綺麗な金髪だが、その顔は双子のように似ている。いや、実際双子なのだが。



「お前、何を言ってるのかわかってるのか」
「わかってるわかってる。わかってるから、行ってこい」
「死ね。100回は死ね」
「俺が死んだらお前が俺の代わりにやってくれんのか、王様」
「………」
「な?肉体労働派なんだろう?お前はさっさとだな…」
「何でこの時期にわざわざ。メリルとジョニーがやってるだろ」



ふう、と溜息をついたリキッドは、ソファに沈み込んだ。

皮の柔らかい素材で出来た生地が引きつれ、スプリングが鳴る。



「ええとだな、2年前アーセナルに新王が立っただろう?一応あの二人から連絡はもらってるが、とんと政治に関してこれ以上は踏み込みようがないそうだ」
「なるほど。政治体制は?探るにしても、一応公にされる情報はあるんだろう?」
「それがだな、奴さんの国はえらく変わっちまったんだそうだ」



リキッドは言葉をいったん切って、懐から煙草を取り出した。

吸っても、と聞くと、スネークは頷いて近くの仕事用デスクから使ってない灰皿を取り出した。

サニーが買ってきた花模様の可愛らしい灰皿だ。

怪訝そうに眉を上げたリキッドに突っ込ませぬよう、それで、と話を促した。



「変わったって?じゅうぶん変わった国だと思ってたんだがな」
「そうじゃない。なんていうか…まぁ、見れば分かるだろ」



リキッドは深く息を吸って紫煙を肺に送り込んだ。

染み渡る感覚を覚えつつ、スネークにも一本放ってやる。

慣れた手つきで受け取ると、スネークも煙草に火をつけてリキッドに倣った。



「向こうの国はな、独裁国家になったんだよ」
「なんだと?」



突然そう言ったリキッドに、スネークは驚いて聞き返した。

あの気弱そうな新王が、恐怖政治を?

そう考えていると、リキッドも同じ意見だったのか大げさに肩をすくめてみせる。

なるほど、とスネークは伸びっぱなしのヒゲに覆われた顎をするりと撫ぜた。

自分を派遣する理由にはなる。

向こうがキナ臭い雰囲気であるのならば、もちろん相応の人間が確認に行った方がいいだろう。

なにしろ自分はリキッドお付の特殊部隊なのだから。



「臭うだろ?休戦協定なんざ、もう気休めにもならないだろうな」
「これは、正式な仕事ととっていいのか?」
「ああ。後から潜入に必要なものを届けさせる。銃以外は現地調達になるが、いいな」
「ああ、任せておけ。リキッド」
「頼むぞ、スネーク」



二人同時に灰皿に煙草を押し付けた。




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「お兄ちゃんどいてどいてー!」



階段をふらふらと歩いてくる電子レンジを見て、オタコンはぎょっと目を見開いた。

それが自分の妹だとわかると、重そうな電子レンジを裏側から抑えて持ち上げてやった。

自分とよく似た、赤い眼鏡をかけた少女が、電子レンジのかげから顔をのぞかせる。



「4ブロックのおばさんからよ、修理お願いしますって」
「エマ、どうせなら呼んでくれれば僕が取りに行ったのに。重かっただろう?」
「いいの、どうせ暇だったし、いい運動になったし」



エマは賢い。それに社交的で、おばさん層にとりわけ可愛がられていた。

スラムを歩くと、よく果物なんかを貰って帰ってくる。

外見と反して少し大人びている彼女は、最近になって独り暮らしを始めた。

物騒じゃないかと反対した彼にじゃあルームシェアならいいのね、と勝手に話を押し進め連れてきたのが…



「それに、ナオミさんに手伝ってもらったから」
「こんにちは、ハル」



今まで気付かなかったが、エマの後ろに女性が立っていた。

背筋を伸ばし、烏の濡れ羽のような黒髪をひとくくりにした、佇まいの美しい女性。

少し細めの目元が、オタコンを真っ直ぐに見つめて微笑んだ。



「ナオミ……うわ!」



正直に言えば彼女に見とれていた。オタコンは、落としそうになった電子レンジを慌てて抱え直す。

そう、エマとルームシェアをしているのは、ナオミだ。

電子レンジを近くの机に乗せてずれた眼鏡を直したオタコンは、どもりながらも久しぶり、と挨拶をした。



「ふふ、相変わらずみたいね。サニーも元気かしら?」
「あ、ああ、元気だよ。今は学校に行ってる。それにしても、どうしたんだい?急に」
「今日は一緒にハンバーグを作る約束なの。サニーかスネークに聞いてなかったかしら?」



オタコンは心の中でスネークだけに悪態をついた。そんなことは聞いてない。

知っていればもう少しマシな服を着ていたのに!

オタコンは、自分のよれよれになったシャツとジーンズを見下ろしてため息をついた。



「お、ナオミにエマ。いらっしゃい」
「こんにちは」
「リキッド様、それにスネークさん。こんにちは」
「よう!久しぶりだな!様なんていらんいらん。あ、ハル。茶くれ、茶」



事務所から現れたのは話を済ませた双子だった。

陽気に片手を上げた国王は、豪快に笑ってオタコンに茶を要求してきた。

なんだかテンションの下がったオタコンは、大人しく人数分の茶を淹れ始める。

色んな事に同情したエマが、棚から気を利かせてカップを出してくれた。

何だか目元が塩辛い。エマを抱き締めたかったが、情けないのでやめた。

冷蔵庫から取り出したサニー作のカップケーキを取り出し、皿に盛り付ける。

甘ったるいクリームの乗ったケーキは、疲れた気持ちにとても魅力的だった。



「さ、ドーゾ。コクオウサマ」
「ハル、どうした。トゲがあるな」
「気のせいデスヨ」



眼鏡を押し上げながら、オタコンもソファに座ってお茶を飲んだ。

サニーの母、オルガが送ってくれたミントティー。

彼女は前線の処理にあたっているため、ここに帰ってくるのは本当にまれだ。

だからサニーが寂しがらないように、毎月手紙を送ってくれる。

爽快な香りに包まれリラックスしたオタコンは、隣にナオミが座った途端また身体を硬直させた。

エマが呆れている。そんな目で見ないでくれ。わかってるけど、こればかりはどうしようもない。



「スネーク!」



扉が壊れそうなほどの勢いで駆け込んできたのはサニーだった。

そのままオタコンの向かいに座っている彼の腰に抱き着く。

スネークは居心地悪そうにサニーを抱き止めると、どうした、と声をかけた。

だがサニーは首を振っただけで離れようとしない。



「お、おい、サニー?」



いわゆるお誕生席に座っていたリキッドが、サニーの不自然な振る舞いに気付いたらしい。

オタコンとナオミに耳打ちする。



「ケンカしてきたようだぞ。怪我をしてるから、泣き止んだら手当てしてやれ」
「泣いてない!」



言い返した声は少し震えていて、掴む腕は益々強くなった。

スネークはやれやれと呟くと、サニーを腰に貼っつけたまま歩き出した。端から見るとまるでコアラだ。

オタコンとエマは顔を見合わせて不思議そうに肩を竦めたが、リキッドとナオミは何かに感づいたようだった。

心配する様子もなく、若いなぁ若いわねぇと、まるで老夫婦のような会話をしている。

リキッドとエマがカップケーキを食べて、甘いと言った。

平和だなあ、とオタコンはソファに沈み込み、改めてナオミを少し意識した。




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教室で突然クラスメートに呼び止められた。

今思えば反応しなければ良かったと思う。



「お前が住んでんのスラムなんだろぉ?」
「…そうだけど」
「あの人、王様と双子なんだって?」



スネークのことを言っているんだとすぐわかったが、返事を返す気にはならなかった。

今ではスネーク自身がそれを認めてカミングアウトしているのに、何故自分に確認するのだ。

嫌味な好奇心と悪意と、間延びしたしゃべり方がサニーの神経を逆撫でする。



「双子ってさぁ、きもちわりぃよなぁ。おんなじ顔が一緒に生まれるんだぜ」
「だから、なに」



サニーは、憎しみで人を殺せたらと心底思った。

よくある話さとスネークは言ったが、簡単な問題ではないだろう。

サニーにはその悲しみに同情することはできても、理解はできない。

双子が忌み嫌われるようになった始まりを知らないし、今でもその風潮が色濃く残っている家庭があることも知らなかった。

だけど、だからといって人を罵ることは許されない。



「王様になろうとしてるかもなぁ。そっくりなんだから、入れ替わってもわからないしさぁ」
「あなた馬鹿じゃない?」
「馬鹿っていうやつが馬鹿なんだぞ!今はスラムに住んでるけど、いつか王様を殺して自分がなろうとするかもじゃん!!」
「…スネークは、絶対にそんなことしない!するはずない!」
「落ちぶれてる奴が何を考えるかなんて、上流の俺がわかるわけないだろ!」




そういうの負け犬って言うんだぜぇ、と彼が言った瞬間、気付けばとびかかっていた。

スカートなのを気にもせず、目の前のクラスメートに憎しみを込めて拳を叩きつけた。



「あんたなんかにわかるわけない!この人でなし!スネークに謝れ!!」



もみくちゃになり、サニーの頬が張られた。

それでも泣かなかった。

泣いたら負けだと言い聞かせた。



「スラム住んでいても、人間はあんたより何倍もマシよ!!」



教師が部屋に駆け付けるまで、サニーは喧嘩を続けた。

足が擦り切れても、頬が腫れても、泣いたりしなかった。悔しさが溢れてしょうがなかった。





私の、大切な人なのだから。






08/12/26  K輔



memo
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番外編です。
あれから2年経っています。