| そうしておうさまになった、できそこないのこどもは すこしづつすこしづつ12にんのしんかたちによって じゆうをむしばまれていきました もはやだれひとり こどものことばにみみをかたむけるものはいませんでした あわれでみじめなこどもは、だだをこねてなくばかりです |
ふらりと浮かんだ身体は細く薄い。 レイブンはマッチ棒みたいなやつだな、と思いながらその後ろをついて歩いた。 「結局捕虜にほだされたのか」 口調はさることながら、こちらを見向きもしない。 相変わらずの無愛想さは健在のようだ。久し振りに会ったというのに、と気付かれぬようにため息をつく。 「無愛想なのは生まれつきだ、あとマッチはやめろ」 突然言い当てられ、レイブンは胃が口から出るかと思うほど動揺した。 これは彼の得意技で、度々こうして狙い済ましたかのように心を読んでくるのだ。 常に心を覗いていなければこんなタイミングで忠告することもできないだろうに。 心の中でくらい悪態をつかせて欲しいものだ。 レイブンはともすればそう言い返しそうになったが、ぐっと押し留めて話を促した。 「いや、だから捕虜じゃない」 「表向きはそういうことだろう。ボスはなんと?」 「好きにもてなせ、それかほっとけ、と」 面倒くさそうに手を振った自国の王を思い出し、更に胃が捩れる。 どいつもこいつも、まったく人の気を知らないというか。 「なるほど、それで紅茶でもてなすのか」 「飲みたいとごねるもんでな。ホントにあの方は…リキッド様にそっくりだな」 そっくりなのは外見か、性格か。 どちらもさほど重要ではないが、双方から板挟みになる自分としてはあまり関係がないとも言っていられない。 やはりどっかしらで血が混ざったか。血統とか、遺伝子とか、そんなやつが。 二人を引き合いにだして愚痴を吐きながら酒を飲むのが、最近の日課になってしまっている。 付き合わせてしまっている彼には申し訳なくて頭が上がらない。 国王と同じ顔をしていると言うのに、あの謙虚さはどうだ。 見習って欲しいものである。 「治らんだろう」 「………そうだな」 この突拍子もないマジックにも、いい加減慣れなければならない。 /*/ きっかり朝6時に目を醒ます。 豪華な天蓋付きベッドから降りて肌寒さに身震いし、上着に袖を通した。 暖められた事務室に入ると、メリルが既に紅茶を淹れているのに気づく。 ジャックは机上に置かれた幾つかの書類を手に取り、ざっと目を通した。 「おはよう、ジャック」 「あぁ、おはようメリル。今日は寒いな」 「そうね、冷え性だから大変でしょう。お風呂あるわよ」 「用意がいいな、入るよ。浴室にヴァンプを呼んでおいてくれ」 「わかったわ」 二人きりの部屋で、立場を感じさせぬ会話をするこの時間が好きだった。 それも些細な会話を楽しむだけ。殆どは事務的な内容になってしまうため、それが口惜しいとジャックは思う。 昨日は変な夢を見ただとか、足が氷みたいで痛いだとか、そういう飾らない会話を楽しめる相手が居ることに、ジャックは喜びを感じていた。 最近は会議だとか工場取締役のスピーチだとかであまり時間を取れないものの、メリルと話すことがいちいち楽しい。 それは彼の年にしては些か問題があることだったが、それを咎めたり笑う人間が周りに居ない。 そういう生活の中で疲弊して笑う時間の少なくなったジャックを、心配してくれる唯一の人間はメリルだけなのだ。 昔は彼女の態度や言葉じりに逐一反応しては悪態をついていたジャックも、やがてそれがじゃれあいの一部なのだと気付いた。 友達と呼べる人間が側に居なかったことも相まって、ジャックの態度は以降、急速に軟化し今に至る。 紅茶をすすり一息ついたところで、急にメリルが「そういえば」と口を開いた。 「また税があがると聞いたけど」 「あぁ、武器生産がおっつかないんだそうだ」 「休戦破棄すらしてないのに、武器開発?」 「破棄は決まった。話し合いも無駄だ」 そう言えば、メリルは困ったように眉根を下げた。 ジャックには、何故メリルがそんな顔をしなくてはならないのか不思議でならず、どうした、と聞くしかなかった。 「だって…話し合ってすらいないのに…」 「賢者達は、聞く価値などないと」 「貴方の意思は?!」 突然怒鳴ったメリルのセリフがカチンときた。 ジャックは机を力任せに叩き、怒鳴りかえす。 「父上が殺されてるんだ!!知らぬ顔なんて出来ない!それとも、奴らを許せと!?」 机を叩いた拍子に紅茶の中身が溢れてしまった。 メリルは口をつぐみ、ジャックも息を尽かせ黙り込む。 暫くの沈黙を先に破ったのはメリルだった。 「そうは言ってないわ…ただ、もっと別の方法が…」 「無い。もう決まった事だ。これ以上何か言えば、首をはねるぞ」 そう冷たく言い放てば、メリルは辛そうな、苦しそうな表情を浮かべて曖昧に笑った。 そのまま机に飛んだ紅茶の飛沫を拭き取り、静かに扉を開けて出ていった。 怒鳴ったせいで暖まった身体が、温度差を感じて震える。 だのに足先や指は氷のように冷たくて、ジャックは痛む手を擦った。 仕方なしに重たい足取りで部屋を出る。 「陛下、おはようございます」 部屋を出たところで政府騎士軍第1421部隊隊長のオセロットと出くわした。 彼は先代の頃から国に遣えている古株だ。 彼は前皇帝の時代から数々の功績を残した、言うなれば生きる伝説のような男だった。 彼が戦場に立てば必ず勝利する。 数ある戦争で出兵する全ての争いに勝利してきた男だからこそ、そのジンクスには説得力があった。 「おはよう。帰ってたのか」 「ええ、ちょうど昨夜」 「後で前線の話を聞きたい。部屋に来てくれ」 そう言うと、彼は恭しく頭を垂らした。絹糸みたいな白い髪が、さらりと肩から落ちる。 口元に蓄えられた髭が、かしこまりましたの言葉に合わせて微妙に動いた。 この彼が戦場で屍を踏み越え、時に味方ですら見限り領土を拡大させていったのだ。 戦争で彼が得た勲章の数々は、そういった犠牲の上に成り立っている。 可哀想な事だとは思うけれど、それにどうこう言うこともない。 国と言うものはそうやってできているのだ。 多数を救うためには少数を犠牲にしなければならないときだってある。 先ほどメリルに怒鳴った言葉を反芻し、ジャックは苦し紛れに笑みを浮かべた。 意見を違えるつもりなど毛頭ないが、それはメリルに押し付けた価値観を嫌味に肯定していたからだ。 「では、のちほど」 彼はそう言って気味が悪いほど伸びた背筋のまま去っていった。 オセロットとすれ違い廊下を左に折れると、直ぐに目的の場所に着いた。 入口手前にはメリルが呼んでくれたのだろう、自分専用の使用人が控えている。 「ヴァンプ、おはよう」 「おはようございます」 いつもの光景、いつものやりとり、だ。 なんら変わらぬはずなのに、メリルとのやりとりがジャックの気を滅入らせていた。 ヴァンプの開けた扉をくぐり、無駄に広い脱衣所でガウンと部屋着を脱ぐ。 その間も、ヴァンプへ今日の日程を述べさせるのを忘れない。 「午前は政治学と溜まった書類を。午後は市民査問会代表の謁見と、夜は賢者達による賢人会議があります」 「ん、わかった」 「それと、レジスタンス達の動向ですが…」 その言葉に、上着のボタンを外すジャックの手が止まった。 最近アーセナルの中心街にて、格段に勢力を伸ばし始めている反政府軍がいるらしいのだ。 2ヶ月前も、出兵を目前に控えていた兵士達の宿舎が爆発炎上する被害があった。 演習中であったため幸い怪我人や死人はでていないが、同時に隣接していた第一食糧庫と西側の武器庫の物品をごっそり盗まれた。 個人ではなく計画された組織的な犯行だと結論付けて探らせてみれば、案の定今のやり方が気に入らないと反旗を翻した組織の存在が明らかとなった。 何人かの人間は兵士となって潜り込んでいたため、今日か明日に処刑が決まっていたはずだが。 「今のところ動きはないようです。今日昼に、捕らえた賊の公開処刑を執り行います」 「…形だけでも、行くべきか?」 「陛下がご参加なさることに意味があります」 「…呼ぶな、ヴァンプ」 「失礼、ジャック様」 恭しく頭を下げる使用人に向かって脱いだ肌着を投げつけてやれば、それは顔に届く前に勢いを無くしてしまい簡単に受け止められた。 ふてぶてしく腹の立つ無表情に背を向けて、ジャックは一人にしてくれと呟いた。 ここの浴室は広すぎる。 だが今のジャックには安心出来る空間でもあった。 端に身を寄せ、壁一面に設けられたガラスの向こうを見つめる。 空を二分するようにそびえるのは、建設中の鉄の砦。 武骨な佇まいがそれをよりいっそう強固に見せ、だがなぜか哀しいシルエットだった。 太陽が反射したのか、砦の端が冷たく光る。 あの砦すら、今の半端者であるジャックを嘲笑っているように思えてならなかった。 肩まで湯に浸かりながら、ジャックは誰ともなしに自嘲する。 誰かが居たならしなかった。 誰も居ないから、そうできた。 メリルとの会話を思い出し、重たく詰まった息を吐く。 話し合い、と言うのであれば、一応はした。 賢者達が間違っているとは言わないが、確かに賛成はしなかったのだ。 むしろジャックは休戦破棄を進めようとした賢者達に反対した。 確かに父は殺されて、それには休戦破棄の意味がある。 だが、父が骨身を削ってまで続けようとしていた協定を、簡単に放棄してしまうのは裏切りに思えたのだ。 もっと穏便なやり方があるはずだ。 向こうの国でも、ただ父を恨んでいた輩も居れば、話し合える相手も必ず居るはずなのだから。 だがジャックの意見は何一つ取り上げられることは無かった。 初めから、わかっていたはずなのに、「お飾り」だと。 なのに、こんなにも口惜しく感じてならない。 だが今は賢者達と仲間割れしている場合ではない。 前線では未だ小競り合いが続き、どうせ遅かれ早かれ破棄は宣言されている。 ならば、やるべき事をやるだけだ。 頭皮を流れる汗のこそばゆい感覚に、ジャックは髪を撫でて濡らした。 ようやく暖まった身体を起こそうとした時、また砦の端が光るのを見た。 そう言えば、鉄の砦といっても上部にはレンガが使われていたはず。 建設予定の図面を見たから憶えている。 ――そこが、何故光る? そう思った瞬間、弾かれるように湯槽を飛び出した。 「ヴァンプ」と呼ぶ声が浴室に響いた瞬間、窓ガラスが派手な音をたてて割れた。 同時に、右肩に猛烈な痛みと衝撃を感じて倒れ込む。 自由な左腕で身体を引きずり、窓ガラスから這いずって離れた。 肩から流れる血が次から次へと溢れ出し、床を濡らしていく。 「ァ、…っ…」 「ジャック様?!」 飛び込んで来たヴァンプが、意識の朦朧とし出したジャックを抱え上げる。 後から遅れてオセロットと何人かの衛兵が駆けつけた。 「ジャック様…ジャック様!!」 「弾が体内に残っているようだ。ヴァンプ、陛下を医務室に」 「オセロット…と、りでのッ…、たぶん…狙撃さ、れ…」 手際よく傷をあらため指示を出すオセロットに、ジャックは息もたえだえにそう言って意識を飛ばした。 オセロットは頷いて、脇の下に手を入れ止血して大判のシーツでジャックの身体をくるんでやる。 ヴァンプは砦を一瞥し、直ぐにジャックを揺らさぬように駆け出した。 確か宿舎の爆破事件の折、盗まれた火器の中に狙撃用のM14やSVDがあったはずだった。 現場を眺めながら、もはや犯人が早々に立ち去ったであろう砦を見て、オセロットは誰にも分からぬ程小さな声で呟いた。 「始まったぞ…お前の物語が…」 |