| きずついたはねは、どこでやすめればよいのでしょうか? むしばまれてしまったせかいは、くわれてゆくこころは いかにしてあらがいつづけていてもこどもにはなんのちからもありません ないてあがいてそれでもかけるというのならば こどもにもすくいがあると かれのじゅうしゃはわらいました |
狙撃された日より、数ヵ月が過ぎた。 相変わらず部屋から出して貰えぬ日々が続いていたが、あの日を境に軟禁がより強固なものになっていた。 いまやジャックの敵は外だけではないのだ。 ごく最近雇われたメイドや兵は解雇され、ジャックの部屋も窓が一つしかない閉鎖的な場所へと変わった。 ほとんどの時間を部屋で過ごす事を強要され、飼い殺しにされるがごとくの扱いになっていた。 ようやくふさがりかけた傷口が開くことの無いよう、とは賢者達の言い分だった。 特定の人物としか話せぬよう区切られた世界。 「気が…狂いそうだ…」 部屋の中、椅子に腰掛けるジャックの息は重い。 外を見ることも許されず、ただ毎日を牢屋のような部屋で過ごすだけ。 陽に当たることも風の匂いを嗅ぐことも、めっきり減ってしまった。 ただ惰性に生きるだけで、何が国の王なのだろうか。 部屋を見渡せば疲れ濁った空気を感じて気が滅入る。 やはり誰一人、あの破天荒なメイドのメリルすら、助けに来てはくれないのだ。 メリルは解雇を免れたらしい。 自分の口利きもあったようだが、それでもこの部屋には入ることを許されなかった。 ふと目眩を感じてベッドに潜り込み、頭痛に息を潜め眼を閉じた。 ここに居るだけでいいと言われたのなら、いっそ死ぬことすら幸せだろうか。 「イヤだ…」 灯り取りのためだけに設けられたかのような小さな窓から、曇った空が見えた。 ただそれだけなのに、悔しさに身が裂かれてしまいそうになる。 死ぬのは怖い。だが生きることすら今は怖い。 自分にもっと勇気があったなら。 どうか、どうか、ここから出して。 嘲笑うようにつがいの小鳥が窓辺から飛び立った。 /*/ 執務室とは名ばかりの牢獄。 その唯一の出入口である扉の前に、凛と背筋を伸ばし立っているのはヴァンプだった。 見えぬ賢老達から彼が直々に賜った任務が、ジャックの『監視』である。 何が目的なのかは彼にとって大した話ではない。 ジャックがこのまま舌でも噛んで死ぬのならそれも致し方ないと思っていた。 だが、それでは面白くない。 ある意味で、ヴァンプはジャックのことをそんな人間ではないと信じていた。 ジャックの味方である、彼を護る立場である。 彼にとってそれは変わらぬ事実だ。 飼い殺されることを望んでいないのも重々承知であった。 だがヴァンプはジャックを導く立場ではない。 付き従い守護する立場なら、彼の意向が総てである。 ジャックが賢者達と闘う、と一言でも漏らしたなら、命を賭して力を貸すつもりではあったが。 つまり、面白くなかった。 「陛下、どうしてる?」 廊下の角から現れた女性にヴァンプは眼を向ける。 緩くウェーブのかかった金髪をひとまとめに。褐色の肌は快活というよりはエキゾチックな魅力を持っていた。 親衛隊隊長のフォーチュンである。 彼女もヴァンプと同じ時期から雇われていたため、解雇されずに城に残った数少ない人間だった。 「さあな、俺はずっとここに居るから」 「そう、退屈じゃない?」 ふ、と笑う。 ヴァンプにしては珍しく、彼女のことを好んでいた。 何故なら、彼女もまた飼い犬でありながら明確に自分の意思を持っていたからだ。 賢者達によって統率されたアーセナルで、これだけ気持ち良く会話できる人間は居ない。 「仕事は?」 「休憩。貴方の暇そうな顔を笑いに来たの」 「姉御、俺は仕事中だ」 そう言えばフォーチュンは肩を竦め、そのようね、と笑う。 「飽きたらいつでも言って。アーセナルよりもイイ国はたくさんあるから」 「考えておこう」 「それじゃ、また飲みましょう」 彼女はヴァンプのことを好きだと言った。 好意をくれる人間を、わざわざ邪険にすることもない。 ましてやフォーチュンはアーセナルの中で賢者達の息のかかっていない希少な存在である。 一歩退いたところで全体を見渡すことのできる聡明な女性だ。 何度か、見捨てるなら一緒に国を出ようと誘われていた。 「…だが、」 見捨てるにはまだ早い。 ジャックが何かを選んだ時に、従うか見殺しにするか。その時でも遅くはない。 ヴァンプは音をたてぬように扉を開け、部屋に入った。 ベッドで寝苦しそうにするジャックを確認し、冷ややかに彼を見下ろす。 いつかの、初めて出会ったあの日。 彼は忘れているかもしれない。 だがヴァンプは今でも鮮やかに思い出せる。 「抗え、まだ始まったばかりだ」 泥の中で足掻きながら眠る、白に近いブロンドを掻いてそう告げた。 夢の中ですら心休まらないジャックの、その哀れな様相を可哀想に思いながら。 「無知の罪に気付いたとき、貴方はどうされるかな」 告げた途端持ち上がった瞼に、ヴァンプは驚いて髪を掻く手を引っ込めた。 寝たふりだったのなら、趣味が悪い。 「ヴァンプ…、なに?」 どうやら聞こえていなかったらしい。 慌てふためいたせいで胸に詰まった息を吐く。 訝しげに眉間に皺が寄り、頭痛を抑えるようにそれが揉まれた。 「体調がよろしくないのかと思いまして」 ベッドの傍らに置かれたグラスに水を注ぎ差し出す。 ジャックはありがとうと呟いたが、手に包んだまま口をつけようとはしなかった。 「ヴァンプ、聞いてくれ」 長い沈黙の後、彼は静かに口を開いた。 その目は疲れを見せてはいたが、生気が無いというわけでもなかった。 ひたと前を見据え、何かを誓っているように見える。 おもむろに開かれた口元から零れた言葉に、ヴァンプは身を震わせた。 「俺がこの部屋に居なくとも、見てみぬふりは出来るか」 フォーチュンとの約束は、先送りとなるだろう。 /*/ ジャックは夢を見ていた。 そこは暗くジメジメとした地下室で、行ったこともないのにそのカビ臭さが手に取るようにわかった。 身動きが取れず、闇の中で身体を捻って懸命に動こうと奮闘する。 だが手足はおろか、瞼すらぴくりとも動かない。 せわしなく視線をさ迷わせた先に、冷たく光るものがあった。 見たことがある。あれは、罪人を断つ刃だ。 剥き出しの両足の上にそれがある。 嫌な汗が身をくるみ、必死にそこから逃げ出そうと足掻いた。 無慈悲に、刃が振り下ろされる。 痛みは無かった。ただ、足が、自分の両足が、太股のあたりからすっぱりと切り離されていた。 「…あ、ぁあ、あ…!!」 絞り出したかのように声が出た。劈く悲鳴は自分のものなのに、耳はそれを捉えない。 何故、俺がこうならねばならない? 疑問は疑問として伝わる相手も居らずに宙に投げられる。 見開かれた青い目から、絶えず涙が溢れた。 呼吸すら上手く出来ている気がしない。動くことも出来ず、殺される。 俺は何のために死ぬのかと、叫ぶ前に誰かの声が響いた。 「助けて貰えると?」 それはメリルの声だった。 聞いたことも無いほど冷たい、無表情の塊のような。 「勝手だわ。子供みたい」 ようやく動いた手はメリルには触れることも叶わなかった。 メリルを探しさ迷う腕は枝のように細く、これが報いなのかとジャックは喘ぐ。 自分の腕ではない。 だがいずれの未来にこうなってしまうであろう、不安があった。 『貴方は一人、死んでいきなさい』 今度はメリルの声ではなかった。 遠く、合成された音には聞き覚えがある。 それはローズだった。 白い清潔なスーツをまとい、地下室の中で一際目立つ彼女。 隣に立つのはソリダスだった。 『お前は自分の足で歩もうとはしないから』 ソリダスの身体が燃えてゆく。 脈絡の無いものが雑然と浮かび、それが全て燃えだした。 カップ、ソーサー、絨毯、ランプ。 やがてソリダスの言葉をついだ、あれはオセロットだ。 「歩もうとしないなら、そんな足はいらぬでしょう」 そう言って、見下ろす彼らは姿を消した。 あんなに燃え盛っていた炎すらその痕跡はあとかたもなく消え、後には切り離された足と、泣き喘ぐジャックが残された。 誰かに救われるのを願っていた。 籠の鳥を気取り、泣いていただけなのだ。 ジャックは誰に対してでもなく、ただひたすらに申し訳ない気持ちがいっぱいで、泣いて謝ることしかできなかった。 「ごめ、なさい…っ…ごめんなさいっ…」 気付けば切り離されたはずの足は元に戻り、自由に動かせた。 ほっと息をつき、前を見ればそこはいつもの自室である。 跪く何者かは、確か見たことがあった。 いつもそばに居た人。 彼は、だれだったろう。 『今日よりジャック様のお世話をさせていただきます』 恭しくこうべを垂らしたまま、彼はそう言った。 自分とは違う黒い髪、浅黒い肌。 ああそうだ。初めて出会った時、彼は俺を見て。 『小鳥のような髪をお持ちだ』 『おれは鳥じゃない!』 『失礼しました』 『おれをみていろ、いつか父上のようなりっぱな王様になる』 ああ、何かを忘れていた。 救われ慰められることが当たり前だと思っていた。 彼がジャックを小鳥だと表現したのが始まりなのに、それに抗おうと決めた心はどこに行ってしまっていたんだろう。 『貴方を見ています。貴方の弱音も聞き入れます。頼って下さい、いくらでも』 『……?』 『ですが決めるのはご自分なのだと言うことをお忘れなく。貴方の手助けは出来ますが、導くのは私の役目ではありません』 それは貴方の役目です、と。 そうして眼を覚ました時に、彼は抗うことを決めたのである。 |