久し振りの煙草に火をつけた。

煙が出ればなんだっていい。スネークの吸っている銘柄はとてもタールがキツかったけれど、吸えないものではなかった。

ゆっくり肺に流し込み、息を吐く。

夜はとっくに更けて外には人も歩いておらず、都心の方の灯りが見えるだけだった。

せっかくの聖夜なのに、恋人に会わなかった。

昼間は罪悪感がひしめいていたものの、今になるとどうでもよくなってしまった。

最近あちらの方もご無沙汰で、恋人との関係も上手く行っていない。

正直、独りの方が気が楽なのは確かだった。

火照った身体に夜風が涼しい。

はっきりとしていく意識の中、ふと目を向けた路地に雷電は信じられないものを見た。



「…亡者が出歩くとは、最悪のクリスマスだ」
「そうか?俺はたまたま通りかかっただけだが」



街頭の下、進み出てくる男は死んだはずの吸血鬼だった。

煙草を落とし、構える。

身を守る物などなにも持っていなかったから、不安だけが雷電を包んだ。



「戦うのか?この夜に」
「そのために来たんじゃないのか」
「言っただろう。たまたま通りかかっただけだと」



そういうヴァンプは、確かになにも武装していないようだった。

黒いコートを着込み暖かそうなマフラーを巻き、手には剥き出しのワインを持っている。



「本当はお前に会うはずは無かった。お前が俺を見つけてしまったから」



そう呟き、歩み寄ってくる。

すっかり酔いが醒めてしまった雷電は、寒さに身体を震わせた。

上着を羽織ってくればよかったと思う。

構えを解かず震えている雷電を見て、ヴァンプはコートの前を開けて腕を広げた。

ふざけるな、と怒鳴る前に腕を引かれる。



「この聖夜は、こうやって許し合う日でもある」



耳元から聞こえた声に身体を強ばらせたまま、雷電は身を捩った。

こんなこと、される覚えもなければしてもらいたくもない。

だが死人のような男でも一応体温はあるらしい。

冷えきった身体に彼の体温は暖かく感じた。



「…何故こんなことを」
「してはいけないか?俺はお前をわりと好いているんだがな」



言われてもどんな反応を返せばいいかわからない。

そういう関係を強要され身体を許したことも何度かあったから、男同士がどうのとは言わない。

どっちにしろこの吸血鬼は両刀なのだ。

だが今のような甘ったるい雰囲気は苦手である。

自分が主導権を握れるならいいが、この男が何を考えているのかわからない。

仕方なく雷電は強ばった身体の力を抜いた。



「素直だな。お前も俺が好きか」
「…いまお前は俺を殺せるんだぞ。どうにでもしたらいい」



吐き捨てるように言って彼の胸に頭を押しつける。

別に諦めたわけではない。

ただヴァンプがあまりにも不用心で、背中に回された指が優しくて、胸がこんなにも暖かいのが悪かった。

今日は聖夜だ。

一度世界が死ぬのだ。

この記憶も一つの物語として終結するならば、この男に餌をやってもいいかと思った。



「お前は、愚かだが優しいな」
「褒めてないな」



顔を上げれば色彩の反転した目とかち合った。



「聖夜は、誰もが誰かに優しくなれる日だ」
「そうか?……そうかもな」



躊躇っていた腕をヴァンプの背に回した。

今このときが、夢か幻になればいいと思った。これじゃあまるで恋人同士だ。

ローズのことが頭に浮かんだ。

今、彼女は一人で家に居るのだろうか。



――俺は今、裏切っている…。



しかし、この力強さと優しさが共存している腕の居心地の良さに、やがてなにもかもが薄れて消えてゆく。



「被害者になれ。忘れてもいい。だが俺はお前との思い出を作りたい」



ズルくて陳腐なセリフだと思った。

ワインを持っていないほうの指がゆるゆると顔を伝い、顎が持ち上げられる。



「俺は、どうにもできな…」



その言葉を最後に、冷たい唇に言葉を塞がれる。

甘く深い口付けは長く、いつしか背中に降り注ぐ光が緩やかに赤く染まっていくのを、雷電は視界の端に見た。

もう意識もなくただ望洋と生きるだけの鯨が、夜の恋人たちの頭上をゆっくりと漂っていく。






この聖夜に、どうか祝福を。






08/12/26  K輔