幼い頃、冀うようにして空を見上げた聖夜。
誰かのために祈ったのは、それが初めてだった。



















































































「聖者とでも言うつもりか、お前は悪魔だろう」








































呼気の合間に口から漏れる赤い泡に見とれるのは、おそらくそういうことなのだろうと、死体になりかけながらも男が言った。




















知っている。




















僕は、俺は、それがもたらす快感と恐怖を知っている。




















聖夜ですら人は争うことを止めないのだ。悪魔など人に比べればかわいいものではないか。




















そう思ったが、男が既に死んでいたので言わなかった。



















































































「東の空を見ろよ、ジャック。お前にはお前の太陽がないから、本物を見るように努めろよ」








































父が言った。




















背中を丸め弱々しく語った姿が目にこびりついていて、今も胸に不快感が残っている。




















形のない約束は苦手かもしれない。




















果たせないかもしれぬ未来など、すぐそこにあるからだ。




















その言い訳は簡単だが、腑に落とすには概念で通じぬから、ひどく厄介である。




















亡者の誕生日になど死にたくない。





























































「父さんは、神様を信じるの?」





















聞いたのは愚かな幼心だ。




















肘を付き両手を顎の前で組んだ姿勢は、何かを切望するようでありながら何かに謝罪するようでもあった。




















年齢よりも年老いた男は緩く目だけを細めて笑った。あれは、笑ったんだと思う。




















見張りの兵が叫ぶ声がして、駆け付けるふうを装いその場から逃げ出した。




















父であるのに恐ろしかった。




















生きている人間があんな顔をするのを初めて見た。




















能面のような顔だった。























「あれは、父さんじゃなかった」








































生きるふりをしてさも人であるかのように語ったのは、ならば誰だったのだろう。




















僕が悪い子供だから亡者が呪いに来たのだろうかと、そう感じた。




















サンタを信じていないわけでは無かったが、聖者の御使いなど現れるはずがない。




















ここに神など存在しない。




















ただ腐り堕ちるだけの人形ならここに有り余るほどいるけれど。




















東の空が嫌味なほど赤かった。




















まるで太陽が血を流したように泣いている。





























































「サンタはいるぞ。本当だ」





















そういえば昔、兄貴分を気取っていた奴が話していた。




















枕元にトカレフでも置いていったのかと冗談で聞けば、憤慨してしまってサンタが本当にいる根拠を話してはくれなかった。




















呪われる理由があるとすれば、そのくらいかと思う。




















その後の作戦でそいつはクレイモアを踏んだ。




















下半身が吹き飛んでいた。




















もう話せやしない。





























































「いないものは、いないんだ」





















なにがとは言わない。




















ただ、亡者を祭る日が嫌いなだけだ。




















憎むほどに、殺したいほどに。




















空は相変わらず奇妙なほどに赤く、僕は相変わらず父の顔を見るのが恐かった。































































「いいや。世界には、形のないものも確かに存在するだろう」








































いつから居たのか、後ろに父が立っていた。




















本人なのか、父の皮をかぶった亡者なのか、見当もつかなかったが奴は父の声で語った。









































「お前なら見えるだろう。星のいな啼きや、赤い空が」




















「ここの夜は赤いものなの?」




















「今日は特別だ。赤い空は、あれが来た証拠」





















皺と関節と血管が浮き出た手が、東の空を指差した。




















何も見えない。




















太陽も落ち既に夜のはずなのに、空は異様なほど赤く光り続けているばかりだ。




















だがそれに違和感は感じても、背筋に寒さは感じなかった。




















ただ綺麗だと呟く。





















「そう、綺麗だ。だがもう何も考えない。人の命や願いを吸い、醜く肥え太りながら漂うだけ」




















「父さん、何も見えないよ」




















「お前なら見える。父さんはもう見えないから、お前が代わりに見てくれ」









































静寂に耳を壊されそうになる。




















父の大きな手のひらが、後ろから僕の目を覆った。




















赤い光がひときわ強まる感覚と共に、目を覆う暖かさが離れてゆく。





















そして目を開いた。